Fargo (1996)

監督 ジョエル・コーエン

製作 イーサン・コーエン

出演 フランシス・マクドーマンド

1996年に脚光を浴びた『ファーゴ』。コーエン兄弟の名を世界的に知らしめたのが本作である。69回アカデミー賞では、監督ジョエル・コーエンの妻でもある女優フランシス・マクドーマンドが主演女優賞に輝き、さらに自ら脚本を担当したコーエン兄弟が見事脚本賞を受賞している。また、米国内だけでなく、ヨーロッパでの評価も非常に高く、カンヌ映画祭では監督賞を受賞した。

 

『ファーゴ』以降のコーエン兄弟の活躍はとどまることを知らない。つい最近では第80回アカデミー賞が発表されたが、コーエン兄弟の『ノーカントリー』が作品賞、監督賞を含む4部門で受賞した。受賞のスピーチを要約すると、ジョエルとイーサンは子供のころからムービーカメラを使って映画を撮ってきた。今、二人がやっていることは幼いころにやっていたこととほとんど変わりがない。とのことだ。実に謙遜した発言だが、実にシンプルで、しかし計算しつくされたストーリーは、幼いころの映画に対する情熱が作り上げたものなのであろうか。

 

あらすじ

「これは実話の映画化である。実際の事件は1987年ミネソタで起こった。生存者の希望で人名は変えてあるが死者への敬意をこめて事件のその他の部分は忠実な映画化を行っている。」

 

本作の舞台はアメリカ北西部、ノースダコタ州の雪深い小さな田舎町ファーゴだ。1987年、スウェーデン系アメリカ人で車のディーラーであるジェリー・ランガードは借金を抱えており、妻ジーンの父親は資産家だったため、妻の誘拐事件を起こして身代金を父親に出してもらいそれを借金の返済に充てようとたくらんでいた。ジェリーは自動車整備工として働くネイティブアメリカンの血を引くシェプに二人の男を紹介してもらった。スウェーデン系のゲア(ピーター・ストーメア)とカール(スティーブ・ブシェーミ)だった。口数の減らないカールと熊のような体形で一言もしゃべらないゲアの要求で、ジェリーは誘拐に使用する車を用意した。ジェリーはもともと駐車場を作るためにその運用資金をを資産家の義父に借りたいと頼んでいたが、誘拐劇が始まる直前に義父からもっと詳しい話を聞きたいと言ってきた。そのため、借金を返すアテができたと誘拐劇を取りやめようとするが、カールとゲアと連絡を取ることができない。だが、結局借金を返すための資金は手に入らず、同じ日、ジェリーの妻ジーンはカールとゲアに誘拐される。ファーゴからミネソタのブレイナードへ向かう途中、車のナンバープレートをつけていないことで警察に止められてしまう。後部座席に袋詰めにしたジーンを乗せているため、ゲアは警官を射殺してしまった。すると、反対車線から対向車がやってきたため、目撃者を作るまいとこちらも射殺した。

翌朝、ブレイナードの警察署長、マージは電話で事件のことを知らされ現場にやってきた。後2か月で出産予定の身重の体だったが、鋭い観察力で犯人が二人おり、犯人は街の外から来た大男と小男、二人の犯行であることを推定した。また、射殺された警官のパトロールメモにより、車のディーラーであるジェリーへとたどり着く。一方、ジェリーはジーンが誘拐され100万ドルの身代金を要求されていることを義父に相談する。ジェリーは自分が身代金を持って妻を迎えに行くというが、ジェリーを信用しない義父は自分で受け渡し場所へと向かう。受け渡し場所では、ジェリーではなく義父が来たことに怒りをあらわにするカール。さらに、マージがいないならば金は渡さないと主張する義父をカールは射殺した。カールは自らも義父に撃たれて負傷した。金のはいったスーツケースを確認すると、4万ドルのはずが100万ドル入っていることに驚くのだった。この大金をせしめようと、ゲアとジーンのいる隠れ家へ戻る途中、雪中に8万ドルを抜いて残りを埋めた。隠れ家へ戻ると、ゲアはテレビに夢中になり、ジーンは横に倒れて死んでいた。カールは約束の4万をゲアに渡し、さっさと去ろうとするが、ゲアが車も要求したため、悪態をついて隠れ家を飛び出した。ゲアはカールを追いかけ背後から斧でカールを殺害する。表に止めてある車から二人を発見したマージは、一人で二人の隠れ家へと潜入する。すると、裏庭が血まみれだ。というのも、ゲアがカールの死体を粉砕機に入れて粉々にしていたからだ。マージはゲアを逮捕し、モーテルに身を潜めていたジェリーも間もなく逮捕された。すべてが解決し、ベッドに入ると、夫のノームが自分の絵が3セント切手に採用されたことを告げた。事件は解決したが、92万ドルの行方はわからないままだ。

 

あらすじの部分にも記載されているが、本作はまず「これは実話の映画化である…」という注意書きから始まる。では、本当に実話なのかというと、本作に該当するような事件は実際には起こっていない。だが、コーエン兄弟によると、本作の中で起こる出来事はすべて実際に起こった事件をベースにしており、それらを一つの物語にしたようなものだという。コーエン兄弟は、ミネソタではないが、実際に起こった事件をベースにしたと主張する。何故ミネソタにこだわるのかというと、それは彼らがミネアポリスの郊外であるセントルイスパークというところで生まれ育ったからだ。

 

DVDのスペシャルエディションで、『ファーゴ』の大元となった事件が語られている。それは、コネチカットで起こった殺人事件だ。1986年、Helle Craftsという女性が夫であるRichardに樹木粉砕機によって粉々にされ殺害された。アメリカでは非常に世間をにぎわした事件であったが、『ファーゴ』でもゲアがカールを殺害し、樹木粉砕機によって粉々にしているシーンがあった。ゲアがカールの肉体を粉砕機に頭から突っ込み、片足だけが半分粉砕機から飛び出している。しかも粉砕機のスイッチが入っているため、ウィーンと砕いている音もする。あたりの雪は粉砕機から飛び出したカールの血で赤く染まっている。『ファーゴ』の中でもかなりおぞましいシーンであるがこれが実際に起こった事件だと思うと、身の毛もよだつ。

タイトル

タイトルの『ファーゴ』はノースダコタ州の都市、ファーゴからきているが、実際にはこのファーゴでの撮影は少ない。というのも、ほとんどの撮影はミネアポリスやブレイナードで行われたからだ。ただし、ミネアポリスは撮影期間中降雪量がそれほどでもなく、撮影場所を何度も移す必要があったという。コーエン兄弟は、この映画のタイトルをつけるとき“ブレイナード”よりも“ファーゴ”のほうがしっくりきたため、『ファーゴ』にしたのだとDVDのコメンタリーで話している。

 

「ミネソタナイス」

『ファーゴ』ではミネソタ州に住む人々に特有の「ミネソタナイス」を表現している。「ミネソタナイス」とは争いごとや論争を避け、外部から来た人々に非常に親切なミネソタ人の気質のことを表わしているが、この独特な気質やミネソタのなまりが『ファーゴ』のムードをつくるのに一役買っている。例えば、カールとゲアに買われた二人の娼婦がいるが、その二人は特にミネソタ特有の発音をしている。実際、この娼婦役のうちの一人であるリサ・コカーノットは方言のコーチとして制作側にも携わっている。二人の娼婦は、マージの事情聴取を受けているとき、マージに共感を与えるために首を何度も縦に振るが、これもミネソタ特有のジェスチャーだという。マージ役のフランシス・マクドーマントに、アクセントやミネソタナイス、それから首を縦に振る理由を教えたのもリサだそうだ。そのほか、同意を表す”Yeah, you bet.”がミネソタでは"Yah, you betcha"と崩れた発音になっているなど、ミネソタ出身ではない人が見ると耳にも残る作品となっている。

 

トラブルの予感

物語は最初からトラブルを匂わせている。映画冒頭、ジェリーは殺し屋のカールとゲアに車を渡すために彼らの待つバーへと新車のシエラを牽引して持ってきた。バーの中へ入ると、中ではカールとゲアが大量のビールをたいらげて仏頂面でジェリーを待っていた。相手がジェリーとわかると、カールは「7時半の約束だぞ」と、ジェリーが遅れたことに苛立ちを見せる。しかし、カールは仲介役のシェプから8時半だと聞いていた。さらに両者には報酬に関しても見解の相違があった。ジェリーの言い分では、最初は車だけで、誘拐が成功したら、身代金として4万ドルを渡す予定だった。しかし、カールは4万ドルは前渡しだと主張する。カールもゲアも、交渉の進め方からして決してプロの殺し屋ではない。さらに、カールはなぜジェリーが自分の妻の誘拐を考えるのか、理由を知りたがるなどして非常に優柔不断な一面を見せる。彼の優柔不断さや言葉数少ないゲアの非道さが後に誘拐劇を大きくしていってしまうのであるが、このバーのシーンは本作の方向性を決める重要なシーンとなっているのだ。

 

マージの意見

『ファーゴ』は「普通」の人々と「普通」からかけ離れてしまった人々の対立を描き出す。「普通」とはマージのように日々を淡々と過ごす人々のことだ。また、「普通」からかけ離れてしまった人々とは、悪に手を染めるカールやゲア、それから借金まみれで誘拐事件をでっち上げるジェリーも「普通」ではない。マージは最後にゲアを発見し、逮捕した。警察署へ連行する車の中で、寂しそうにゲアにこう語りかける。「何のために?わずかなお金のため・・・人生はもっと価値があるのよ。そう思わない?馬鹿なことを。こんないい日なのに。」マージと彼らの人生は全くの正反対だ。

最後にマージは夫ノームの待つベッドへ入る。ノームはいつものようにベッドでテレビを見ている。そしてマージが入ってくると自分の絵が3セント切手に採用されたことを告げる。「3セントじゃ使い物にならない」という夫に、マージは「郵便代金が値上がりしたら大活躍するわ」といい、二人幸せを噛みしめて映画が終わる。平凡だけれども、正しくまっとうに生きることで幸せになれることを最後に提示する。

 

テレビ

『ファーゴ』の登場人物は共通していることがある。それは、テレビにくぎ付けになっていることだ。ジェリーの妻ジーンは、編み物をしながらテレビに夢中になっている。ふと外を見ると目だし帽を被った男がやってきて家の中をのぞいている。しかし、ジーンは現実なのかテレビの中の出来事なのか区別がつかず、目だし帽の男を見ながらぼーっとしている。男が窓ガラスを破ったところでこれが現実だと気付き慌てて逃げ惑う。

そのほかにもカールとゲアはジーンを誘拐し、隠れ家に身を潜める。そこでTVを見ようとするのであるが、映りが非常に悪くカールがテレビを悪態をつきながらテレビを叩いている。その後ろでゲアは砂嵐を映したテレビをぼーっと見つめていると、突然テレビが昆虫の番組を映し出す。ここでシーンがマージの寝室に変わる。マージと夫ノームも同時間帯にテレビをベッドから見ているのであった。また、ゲアの場合そのほかにも、カールが身代金を受け取って帰ってくるのをテレビを見ながら待っているシーンがある。テレビからは昼ドラらしき男女の物語が流れており、登場人物の女性が妊娠したと男性に告げるシーンをゲアは熱心に見ている。突然ドアが空き、現実と物語の区別がつかぬままカールのほうを振りかえる。血だらけのカールが入ってきて悪態をつきながら身代金の分配を始め、さっさと出て行ってしまう。せっかく昼ドラに夢中になっていたのに気分を害され、カールの後を追いかけて斧で殺害してしまう。部屋の中にはジーンが縛られたまま横たわっているが、これもおそらくジーンが騒いだため、テレビを見るゲアの気分を害して殺害されてしまったのであろう。また、ジェリーの義父や息子、それから会社の同僚はホッケーの中継に釘づけになっているし、カールとゲアが娼婦と事を済ませた後、4人でベッドに横たわりながらテレビを見ているシーンもあった。

このようにして、善人であるマージやジーンも、悪人であるゲアやカールも共通してテレビに釘づけになっていることで、テレビは「善と悪」や「普通と異常」の境界線を薄める機能を持っていることがわかる。言い換えればつまり、法を守るか犯すかは紙一重であり、タイミングによって犯罪者になる可能性もあることが浮き彫りになっている。ジェリーは一度誘拐劇をやめようした。しかしカールとゲアに連絡を取ることができなかったために実際に誘拐が起こってしまった。さらに、カールとゲアは当初の予定では人を殺すつもりはなかったはずだ。冷血漢のゲアと違ってカールは特にそうだろう。だが、ジーンを誘拐して隠れ家へ向かう途中に検問にあい、ゲアが警官の殺害を行ってしまった。また、目撃者がいたためにその目撃者も殺害することになった。このようにして、ひとつタイミングがずれたためにどんどんと事態は悪化していくのである。『ファーゴ』は、プロの殺人犯でも何でもない小さな人間がいかに犯罪に巻き込まれていくのかを映し出す。

 

参考文献

http://www.brightlightsfilm.com/42/shining.htm

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