シェルブールの雨傘



監督 ジャック・ドゥミ
出演 カトリーヌ・ドヌーブ


『シェルブールの雨傘』はフランス、ヌーヴェル・ヴァーグ期の監督 ジャック・ドゥミによる悲劇的なミュージカル映画。 ミュージカルといったジャンルに抵抗がある人も、 美しい少女、音楽、歌詞、ロケーションを見事に一つにした この『シェルブールの雨傘』の世界に魅了されることは間違いない。 カンヌ・パルムドール受賞、 アカデミー賞においては受賞を逃すものの5部門にノミネートされるなど、 世界中の数々の映画批評家がトップ5ミュージカル映画にランクインさせるほど、 約50年たった現在でもジャック・ドゥミの世界は新鮮で色あせない。 同監督の『ロシュフォールの恋人たち』とともに、 これからも人々から愛され、評価され続ける映画である。


あらすじ
映画はおおまかに三部に分割できる。 まず、『シェルブールの雨傘』という母親の経営する傘店を手伝う 美しい17歳の娘ジュヌビエーブ(カトリーヌ・ドヌーブ)と おばに育てられた自動車修理工の20歳のギイ(ニーノ・カステルヌオーボ)の、 貧しいながらも愛のある関係を描く。 しかし、時はアルジェリア戦争の真っ只中。 ギイは徴兵され、2年間アルジェリアに赴くことになる。 戦地へ旅立つ前夜、二人は初めて夜を共にする。



第二部で、ジュヌビエーブは子供ができたことを戦地のギイに手紙で知らせる。 愛し合っていることを実感していながらも、 ギイがそばにいないことに孤独と不安を感じるジュヌビエーブ。 折悪しく、母の経営する店も、経営難で日々の生活をするのも苦しくなってきていた。 二人がある日、宝石を売って生活の足しにしようと訪れた宝石店で、 偶然宝石商のカサールと出会う。 ジュヌビエーブの美しさに心を奪われたカサールは、 彼女に子供がいることも承知で、彼女に結婚を申し込む。 母は無条件にカサールとの結婚を勧め、 ジュヌビエーブも一人で子供を育てる孤独から、 カサールの結婚を受け入れるのであった。



第3部では、ギイが戦地からシェルブールに帰ってくる。 ジュヌビエーブがいなくなってしまったことにやけくそになり、 酒と女に溺れた日々を送る。しかし、愛するおばが死んでしまったこと、 またいつも側でおばと自分を見ていてくれたマドレーヌが自分に好意を寄せていたことで、 ギイは再び生きる意欲を取り戻す。 何年か後、ギイはマドレーヌとガソリンスタンドのオーナーとして生計を立てていた。 そこへ一台の車が入ってくる。乗っているのはジュヌビエーブと子供であった。 ギイとジュヌビエーブは過ぎた日々のことを思い出しつつも、それぞれの生活に戻っていく。

前作『ローラ』でヒロインに恋をしたローラン・カサールは、 またこの『シェルブールの雨傘』で重要な役どころとして戻ってくる。 『ローラ』から数年後、カサールは再び一人の女性、 ジュヌビエーブを愛することができ、今度はその想いが報われる。 カサールを演じた俳優は今回もマルク・ミシェル。 どうして裕福な宝石商になったかも語るシーンもあり、 隠れた主役はこのローラン・カサールであるのかもしれない。

ジャック・ドゥミ
ジャック・ドゥミは、 ヌーヴェルヴァーグ期に最もその名を轟かせたフランス映画監督の一人である。 アラン・レネが『24時間の情事』で見せた実験的映像効果や、 ゴダールが映画内にこめた政治性とは異なり、 シンプルでなめらかなストーリー、鮮やかな色使い、 ミシェル・ルグランの音楽を使ってジャック・ドゥミの世界をミュージカルとして作り上げた。

日本でも近年スタジオジブリによって見直されているアニメーション 『王と鳥』の監督、ポール・グリモーやジョルジュ・ルーキエと製作をした後、 1961年長編初となる『ローラ』を監督する。 その後フェリーニの『8 1/2』や『男と女』で一躍有名になる フランス女優アヌーク・エーメを主演女優に起用するが、 カトリーヌ・ドヌーブを『シェルブールの雨傘』でその存在を決定的にしたように、 ジャック・ドゥミは初めから女優を魅せる才能を持っていたようだ。

『ローラ』は、『カイエ・デュ・シネマ』誌、その中でも特にゴダールに高く評価された。 ゴダールはこの『ローラ』を1961年の映画トップ10に入れるほどで、 ジャック・ドゥミにはこの時代のほかのフィルムメーカーたちとは 一線を画す才能があると賞賛していた。 しかし、60年代半ばに『シェルブールの雨傘』を生み出すと、ゴダールの評価は一転する。 ジャック・ドゥミの世界は稚拙で、現実からかけ離れていることを指摘し始める。 また、60年代後半に、ジャック・ドゥミはハリウッドからの誘いがあり、 アメリカに映像製作の拠点を移す。 そのことに対して、ゴダールは悲劇だ、とさえ言った。

カトリーヌ・ドヌーブ
ドヌーブはこの『シェルブールの雨傘』に出演した当時は20歳。 この『シェルブールの雨傘』も、 後に出演する『ロシュフォールの恋人たち』も ドヌーブはアフレコのため自身の歌声を披露してはいないが、 彼女の美しさは存分に引き出されており、 『シェルブールの雨傘』で彼女は一躍有名女優となる。



その後もロマン・ポランスキーの『反撥』、 ルイス・ブニュエルの『昼顔』や『哀しみのトリスターナ』、 フランソワ・トリュフォーの『終電車』等、 世界に名立たる映画作家の作品に次々と出演する。 最近ではラース・フォン・トリアーの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、 フランソワ・オゾンの『8人の女たち』等、落ち着いた美しさを出している。

悲劇と現実
この『シェルブールの雨傘』は見る者の涙を誘う悲劇ではあるものの、 あの『ロミオとジュリエット』や『ウェスト・サイド・ストーリー』とは異なる。 『ロミオ』と『ウェスト』は、主たる男女が障害を越えて愛を貫こうとするが、 そこには死が待ち構えている。 決して抗うことのできない定め、 死に分かれる宿命のようなものに見るものは涙を流さずにはいられない。 しかし、『シェルブールの雨傘』の二人の男女ギイ、ジュヌビエーブには、 死を持ってしても二人の愛を貫こうとする姿勢はない。 愛には妥協がつき物であり、現実や日々の生活をどう生きるかが第一になる。 『シェルブールの雨傘』で、愛は必ずしも永遠ではないのである。 社会によって一度引き裂かれた二人は、妥協してまた別の愛や生活を手にしていく。 人間の非常にドライな部分、しかし現実的な部分をジャック・ドゥミは見せつける。

取り上げられる点
『シェルブールの雨傘』はあの『ジーザスクライストスーパースター』や 『エビータ』よりも以前に生み出された、初めての完全ミュージカル映画である。 ジャック・ドゥミ自身が考えた台詞は全て歌われる。 ジャック・ドゥミは子供のころからオペラを愛していたが、 この『シェルブールの雨傘』は現代版オペラとでも言えるだろうか。

本作が64年のカンヌパルムドールを受賞したのは事実であるが、 公開当初批評家の意見はセンチメンタルすぎる、 と否定的な意見も多かった。 96年ころになってから映画内で扱われるアルジェリア戦争や ブルジョワ階級といった社会背景に注目され始める。 ジュヌビエーブの母親はブルジョワ階級意識が強く、 労働者であるギイを快く思っていない。 そのため、ジュヌビエーブは店を抜け出るようにギイとしのびあう。

ギイが戦地へ赴いている間に宝石商カサールが登場するのであるが、 目を輝かせてカサールとの結婚を娘に勧める。 この社会背景は、いたって現実的で なおかつ物語上ジュヌビエーブを悲劇のヒロインたらしめるのに十分な要因として存在する。

フィルムの修復
1964年にジャック・ドゥミがこの『シェルブールの雨傘』を カラーフィルムで撮り終えた際、 時間の経過とともにカラーフィルムの色が劣化するであろうことを痛感していたという。 事実、80年代にジャック・ドゥミがフィルムの権利を取り戻し、 映画の再リリースを試みたところ、 オリジナルは色があせてリリースは不可能であったという。 しかし、ジャック・ドゥミはあきらめずに修復作業を始める。 だが不幸なことに、1990年、ジャック・ドゥミはこの世を去る。 彼の意思は妻であり自らも映画作家であるアニエス・ヴァルダに引き継がれた。 この修復作業は困難を極めたそうだ。 修復には莫大な費用が必要だった。 さらにヴァルダは修復作業と、病に臥すドゥミの看病、 自身の映画製作を同時に行わなければならなかった。 ミシェル・ルグランに音楽のリミックスを依頼し、 ヴァルダ自身は4ヶ月もラボにこもって修復作業を続けたという。 しかし、その努力の甲斐があってこそ、 オリジナルと寸分違わぬフィルムが今私たちの目に触れているのである。

視覚と聴覚
『シェルブールの雨傘』を作るにあたって、 ジャック・ドゥミは「詩」と、「色」と、「音楽」の融合を目指した。 ルグランの印象的な音楽に合わせ全編歌われる台詞を自ら考え、 さらに色の使い方にも非常に気を使った。 セットデザイナーにはベルナール・エヴァンを起用。 季節に合わせてシェルブールの町の一角を全てパステルカラーに塗りかえた。 これによって、第1部、第2部、第3部と 時の経過や季節の移り変わりと登場人物の心情を引き立てる効果をもたらした。



参考文献
http://zakka.dk/euroscreenwriters/interviews/jacques_demy.htm
http://www.sensesofcinema.com/contents/directors/03/demy.html
http://www.close-upfilm.com/features/Interviews/agnesvarda.htm
http://jclarkmedia.com/film/filmreviewdemyumbrellas.html